
去年の夏
娘のハンデが数値化されてから
私は気持ちがあせっていた。
娘が一人でも生きて行けるようにしなければ
私と夫が死ぬまでには精神的にも経済的にも
しっかりと自立させなければならない!と。
そして多分、娘への態度もきつくなっていたと思う。
甘ったれの娘なので、その”甘え”を突き放していた。
私の頭の中からは彼女の”らしさ”が消えていた。
そんな私の態度が彼女に伝わらないわけもなく…
彼女の問題行動とも思える事がいくつか起こった。
でもその時の私は、自分の態度の変化を棚に上げて
「この子はどうして、そんな事をするのだろう.」と
思い悩んだ。切実に思い悩んだ。
年が明けて、娘が私達のお布団を寝やすいようにと
何も言わずにキレイに直しておいてくれた。
キレイに直されたお布団を見た瞬間、私はぎゅっと
きつく縛っていた心のひもを、思いっきりほどいた。
彼女は変わらずにそこにいた。
彼女はいつも優しい。
親を喜ばせたい、悲しませたくない、怒られたくない
そんな彼女の心が、飛び込んで来た。
彼女の依存したい気持ちや安心したい気持ちを
私は必要以上に突き放していたのだろう。
それが彼女の問題行動を引き起こしたのかもしれない。
去年の震災からこっち
私の気持ちはなんだか、ふらふらしていた。
これは単なる私の言い訳。自分を少し正当化したいだけ。
娘がキレイに直してくれたお布団を見て
なんだか憑き物が落ちたように
心のひもが緩んだ。
ここ数日、娘も穏やかな気がする。
きっと娘に対する自分の気持ちが穏やかなのだろう。
今日、ここに書いたのはタイトル通り
懺悔の気持ちを忘れないように。
本当は、こんな母親失格の話は封印しておきたいけど
私は忘れんぼなので、忘れないようにするため。
あ〜あ…個人の”らしさ”を何よりも
尊重するようにと中学1年生のときから
修行していたつもりだったのになぁ〜
ダメだな〜娘に申し訳ない。
申し訳ないではすまないよね。
もっと真摯に猛省しないとね。
年明け初ブログが「懺悔」
そうそう長くないだろうこの先
もっと自分の望む”いい人”になれるように
ひとつ、そして又ひとつ…と生活して行こう。
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